『勾玉』(水野祐 著)

『勾玉』(水野祐 著)を読みました。私の印象:○


[1]勾玉の形状(最古のは逆「く」型)
[2]色調(深緑か青が尊重された)
[3]神器としての勾玉(神器としては単独では用いられず常に鏡とあわせて用いられる)
の三点から、三種の神器としての最古の形態をとどめているとおもわれる(この直後の説に論証あり)天岩戸神話をみると、そこでは鏡と勾玉の「二種」が神器であり、その一つの鏡が日神の像であると説かれている。が、まっくらで光が欲しいんなら日月の光を求めるだろうから、じゃあもう一方の勾玉=月ではないか。って。

 鏡は日神の像をあらわすものであるとすると、これは太陽信仰の集団の神器である。勾玉が月神の像をあらわすものであるとすると、これは月神信仰の集団の神器である。前者は顕陽の世界、後者は幽陰の世界をシンボルする神器であるとみれば、前者は大和部族の、そして後者は出雲部族の神器とみることもできよう。そして剣は、古い帰化人系の神器と見られる。これらの三つの神器を所持することで、それが天皇主権の存するところを指し示す、シンボル的意義をもつ「三種の神器」としての鏡と玉と剣とは、天皇がこれらの、日本民族を形成した三つの大きな民族的な要素を統合した権威を意味するものであろうとおもう。すなわち神器とそれを奉じた集団関係は、
 (1) 鏡 天津神系    神別・皇別(大和)
 (2) 玉 国津神系    神別(出雲)
 (3) 剣 新羅系帰化人系 蕃別(裏日本)
のように解釈される。(p87)



北畠親房が、「玉は月の精なり」と断言した(p97)



月神の表現として、満月の形状をとらず、新月に求めたのは、日神を円形の白銅鏡[ますみかがみ]に形どったののにたいし、わが原始暦において、朔を月の最初にもってくるのに一致するもので、新月を月のもっとも象徴的なものと考えたのであろう。勾玉の最古式が、逆「く」字型の三日月型であることは、この考えを有力に支持してくれる。また勾玉が、青色を貴しとして初めから青い硬玉を主体としていることは、硬玉のもつあの玲瓏たる色沢に、月光を象徴させようとしたものであろうかとおもわれる。太陽の光を赫々たる赤色と見ず、白銅鏡の反映光にひとしいと感じた原日本人は、月の光をにぶい青色と感じたものであろう。(p97)




でも個人的には勾玉ってあんまり月っぽくないとおもう。
やっぱり専門外の人が情熱で書いてる、って眉唾感があってどうもだめだなあ。すごい広範囲のネタが出てきて確かに偉大な一冊ではあるけど。なんか情報に偏りがあるんじゃないかという臭いがつきまとう、気がする。「勾玉は日本独自のものであって」が頻出するのもまた。
と、わがふりを省みる。